(目次)・TOP
・日本政府の見解―少子高齢化や業界の環境変化のため、日本の音楽の海外展開と、世界で活躍できるアーティストが必要
・ヒットを生むために必要なことと、日本でまだ難しい理由―デジタルマーケティングなど
・CDの収益はどう分配されている?(政府のお墨付きデータはこれだ)
・経産省はレポートでビルボードのデータを駆使していて、オリコンのデータは全く使っていない
・レポートで興味深かった部分のメモ書き
経済産業省が2024年7月18日に、日本の音楽産業についての調査レポート「音楽産業の新たな時代に即したビジネスモデルの在り方に関する報告書」を公表した。
( https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/musicindustry_2407meti.html )
興味深いレポートなので、音楽ファンは是非読んでほしい。ここでは、印象に残った部分と筆者の個人的な感想から述べてみたい。
まず、筆者はサラリーマン時代に経済産業省などの官公庁のレポートを沢山読んだが、こんなに面白いレポートは初めて見た。まさか経産省のレポートで、音楽のデジタルマーケティングの例として「『可愛くてごめん』は(中略)韓国のENHYPENが、2次創作の振付を踊ったことが、拡散の契機となった」などと書かれる日が来るとは、驚いた。
レポートでは、日本の少子高齢化、グローバル音楽業界の急激なデジタル化、SNSやデジタルツールの活用といった環境変化を踏まえ、日本の音楽業界の海外展開と、世界で活躍できるアーティストを生み出していくことが必要である、との結論を述べている。
日本政府の見解―少子高齢化や業界の環境変化のため、日本の音楽の海外展開と、世界で活躍できるアーティストが必要
日本は少子高齢化が進むので、日本の音楽産業全体が拡大したければ、海外展開が必要不可欠、というのがこのレポートに示された政府見解だ。既に音楽業界の海外進出が進んでいる韓国の音楽業界についても熱心に分析している。
だが、率直に言わせてもらうと、結論は正しいと思うが、遅い。ジャニオタ出身の筆者ですら、ジャニオタ・ブログを2016年に書き始めて、その年かその翌年には、日本は少子高齢化だから、海外に進出することは必要、と述べていた。あの頃既にジャニーズですらもそういう認識でアジア市場に関心を持っていて、中国のテレビ番組にNEWSを出演させたりしていた。
では、遅くてもいいから、日本政府は音楽産業に、どんなサポートやアドバイスをするのか?
まずは、政府は経済指標や音楽流通に関係する政策・法律等に加え、日本楽曲の主な海外展開手法であるアニメ等タイアップ、SNSバズ、現地フェス参加に関連する情報を可能な範囲で収集し、必要な情報を業界横断で共有しながら、産業界と連携して海外展開に取り組む意向だ。
また、JETRO(日本貿易振興機構)に音楽専門人材を配置し、現地での音楽業界内外のコミュニティ構築と国内事業者への人的ネットワーク提供、ビザの取得支援、情報収集などを行うという。海外公演のためのビザの取得に時間がかかるのは問題だから、改善は必要だ。ここまではお上の仕事の領域だ。
さらに、音楽の海外進出に当たって、政府が音楽産業に提案するのが、日本食やゲーム、ファッション等との連携すべし、そして他国と連携をすべし、ということだ。
1つ目のJ-POPと日本食と日本カルチャーの組み合わせについては、K-POPとKカルチャーの組み合わせの「KCON」の日本版じゃないか、と思うK-POPファンは多いだろう。
実は、2022年6月に米国ロサンゼルスでジャニーズのTravis Japan も参加した、日本のアーティストのライブと日本酒・日本軽食文化イベントが開催されたことについて、筆者が記事を書いた際に、正直、「KCON」のマネしている、と思った。
そういうイベントを政府が支援して、各種業界団体に働きかけて現地で集客してくれるのだろうか。それはイベントの成功のためにはありがたいが、動員された人たちがライブをするアーティストのファンになってくれなければ、将来につながらない。
もう1つの、他国との連携をすべし、という点は、海外でライブイベントを開催するために、その国の政府や音楽産業と連携を強化せよ、という意味なのか、それともJ-POPとK-POP(またはC-POPやAsian POP)と共催にせよ、という意味なのか、はっきりしない。
たぶん両方だろう。レポートではYOASOBIやNumber_iが出演した米国の世界最大級の野外フェス・Coachella(コーチェラ)のことも詳しく取り上げていて、J-POPとK-POPと一緒にしたアジアとしたほうが、コンテンツ・パワーが大きくなる、という見方を示している。事務所やファンには、抵抗感のある人もかなりいそうだが・・・。
ヒットを生むために必要なことと、日本でまだ難しい理由―デジタルマーケティングなど
レポートでは、ヒットを生むには、デジタルマーケティング(わかりやすい例でいうと、TikTokのダンスチャレンジなど)が極めて重要となり、SNS等を通じた迅速なファンエンゲージメント形成、レコメンドアルゴリズムや高度なデータ分析に基づくマーケティングが必須となった、と述べている。
その上で、それが日本でまだ難しい理由として、日本ではデジタルマーケティングの人材が不足している上、プロダクションがファンの力を借りてSNS等での拡散を促す動きも、韓国に比べて遅れているからだ、と指摘している。
おっしゃる通りだが、まだ日本のアーティスト・事務所のみならず、ファンも状況の変化に追いつけていないと思う。
今では、ライブのステージの一部のスマホ撮影を許可するアーティストは珍しくなくなったが、全面禁止のライブも多い。ファンですらも、「日本ではまだアーティストの画像・動画のSNSアップは禁止です!」と自警団的に行動している人が多い。あんなに厳しかった方針がガラッと変わるとは、全く思っていないだろう。
CDの収益はどう分配されている?(政府のお墨付きデータはこれだ)
ある有名人が、CDを売ると著作権者への収益配分が一番大きいと述べていたと筆者は記憶しているが、経済産業省のこのレポートに出てくるデータ、つまり国のお墨付きデータによると、違っていた。
フィジカル(CD)の税抜き収益の分配(概算)は、原盤印税・アーティスト印税が12~16%、レーベル分が33~37%、流通が45%(うち小売店分が25~27%)、著作権使用料(音楽出版社、作詞家、作曲家)が6%だ。
収益の取り分が最も大きいのは流通の45%(うち小売店分が25~27%)だ。CDがなくなったら、CD流通業者が最も困ることになる。その他の受け取り手は、CDだろうと配信だろうと、収益をもらえる。
流通といっても、半分弱が卸売り、半分強が小売りと分かれているので、結局のところ、分配率が突出して大きいのは、レーベル分の33~37%だ。これが、自社レーベルとか、事務所とメジャーレーベルの共同出資によるレーベルを設立するうまみだ。だから、筆者がよく話題にする〇〇事務所や、XX事務所や△△事務所も、そうしている。
経産省はレポートでビルボードのデータを駆使していて、オリコンのデータは全く使っていない
ちなみに、経済産業省はこのレポートで、市場分析のためにビルボ―ドの指標を用いているが、オリコンのデータは全く使っていない。これに、多くの音楽ファンは違和感がなく、やっぱり時代はオリコンじゃなくビルボードだよね、と思うかもしれない。
レポートで興味深かった部分のメモ書き
以下、筆者がこのレポートを読んで、個人的に面白いと思った箇所だけ、簡単に列挙しておく。
2020年代後半から2010年代にかけて、ストリーミングやSNSの普及で、一般クリエイターが制作した楽曲が瞬時にグローバルに流通する「流通の民主化」が起きた。
現在海外で聴かれる日本発音楽はアニメソング等のタイアップが主だが、それ以外のヒットを生み出すには、デジタルマーケティングが極めて重要。
今後の消費の担い手となるZ世代やα世代(筆者注: 2010年前後~2024年生まれ)などのSNS等を通じたクイックなファンエンゲージメント形成、レコメンドアルゴリズムや高度なデータ分析に基づくマーケティングが重視されるようになった
日本楽曲の「多様性」と「蓄積」が海外展開における強み。「多様性」の土台の1つはボカロ文化。
Spotify、YouTube、TikTok等のグローバルプラットフォームが楽曲流通の中心となり、ボカロPや歌い手として活躍したクリエイター、アーティストが直接海外に打って出ている。
音楽業界はデジタル人材の獲得を促すべき。
海外展開を促進するには、展開度合いを測る指標が必要。Billboardの“Japan Songs excl. Japan”チャートなど、海外需要を的確に把握できるチャートの利用に加え、経済的価値を示す金額的な指標が不可欠。
政府は経済指標や音楽流通に関係する政策・法律等に加え、日本楽曲の主な海外展開手法であるアニメ等タイアップ、SNSバズ、現地フェス参加に関連する情報を可能な範囲で収集し、必要な情報を業界横断で共有しながら、産業界と連携して海外展開に取り組む。
JETRO(日本貿易振興機構)に音楽専門人材を配置し、現地での音楽業界内外のコミュニティ構築と国内事業者への人的ネットワーク提供、ビザの取得支援、情報収集などを行う。
現地における海外展開機能を整備するにあたっては、他の産業(日本食やゲーム、ファッション等)との連携、他国との連携を念頭に置いて進めるべき。
この調査の目的
アニメ・ゲーム・マンガは既に海外における日本コンテンツのシェアを一定程度獲得しているのに対して、音楽分野は未だ十分なシェアを獲得できていない。
世界の音楽市場におけるデジタル化が急激に進み、SNSやデジタルツールの活用でグローバルにシームレスな市場が形成されてきている。
日本の国音楽業界においては、こうした環境変化に迅速に対応しつつ、世界で活躍できるアーティストを生み出していくことが必要。官民でどういった施策を進めていくべきかを議論する。
音楽産業の規模と特徴など
2022年の世界のコンテンツ市場は1兆7,300億ドル(約227兆円)、うち音楽は610億ドル(約8.0兆円)。うちストリーミングサービスの課金収入が210億ドル(約2.8兆円)、ライブのチケット収入が200億ドル(約2.6兆円)で、今後も成長が見込まれる。
グローバルの録音原盤市場と音楽出版市場は3大メジャー(Universal Music Group、Sony、Warner Music Group)合計で売上の過半(録音原盤市場70%、音楽出版市場60%)を占める。
グローバルで最も有料会員が多いサブスクリプションサービスはSpotifyで、断トツ1位。かなり差があって、次がApple Music、Tencent Music、YouTube Music、Amazon Musicが四つ巴状態。
日本ではサブスクリプション有料利用率が高い音楽配信サービスはApple Music。それに次ぐのがAmazon Music、Spotify、YouTube Music。
フィジカル(CD)の税抜き収益の分配(概算)は、原盤印税・アーティスト印税が12~16%、レーベル分が33~37%、流通が45%(うち小売店分が25~27%)、著作権使用料(音楽出版社、作詞家、作曲家)が6%。
一方、ストリーミングの場合は、配信サービス事業者の利益/その他が22%(ただしSpotifyの場合は30%)、アグリゲーター手数料が11%、著作権使用料はJASRACの場合7.7%~12%、原盤印税とアーティスト印税の合計が残りの55%程度。著作権使用料はそのうち9.5%(全体の0.73%~1.14%)がJASRACの手数料となり、残りを音楽出版社・作詞家・作曲家で配分。
日本で海外アーティストのライブが増加。これは、日本の首都圏にはライブの大規模会場がニューヨーク、LA、ロンドンなどの海外主要都市よりも多いことも理由。韓国では日本に比べて大規模会場が少なく、K-POPアーティストが日本の大規模会場を使うことが増えている。
フィジカルディスク(CD)は、音楽を聴く手段としての需要は減少したが、音楽を所有する手段やグッズの一種類としての需要が高まっている。韓国でも近年、CDとセットになっているグッズやイベント応募等、特典のためにCDが購入されている。
世界のSNSで利用時間1位はTikTokで、2位がYouTube。
国内でのメディア接触時間は2021年まではテレビが最長だったが、2022年に携帯電話/スマートフォンが最長になった。
国内では、音楽についての情報源は、10代・20代はYouTube、X、Instagram等のSNSの割合が高い。40代以上はテレビ番組等で情報を収集。
2023年度時点の国内のオタク市場規模は8,101億円と推計。うち、アニメが2,750億円、アイドルが1,900億円。オタク市場で時間もお金も掛ける人が最も多い分野はアイドル。
国内アイドルオタクは約8割が女性、10~30代が全体の約7割強。推し活をする人はそうでない人よりも世帯収入が高い。
海外展開に関する考察・課題等
米国最大級の野外フェスCoachella(コーチェラ)での例を踏まえると、J-POPやK-POPとして個別に展開するのではなく、より大きくアジアカルチャーとしてまとまることで、コンテンツとしてのパワーが高まっている。
特に北米では、フェス参加に弁護士に依頼する必要性が高く、費用がかかる。アーティストやスタッフのビザ取得に時間と費用がかかる。
韓国や英国では音楽の輸出に関する定量的データを公開しているが、日本では指標化が一概には難しい(基礎統計がなかったりする)。ただし、Billboard Japanが発表しているGlobal Japan Songs excl. Japanを活用することは可能。
韓国音楽産業について
韓国の音楽産業の主なプレイヤーは、4大事務所(HYBE、SMエンタ、JYPエンタ、YGエンタ)と、コングロマリッド(複合企業体)であるCJグループのエンタメグループ企業・CJ ENM。
4大事務所はマネジメント機能とレーベル機能を垂直統合的に有していて、うち3社はIT企業と資本的関係を有する。4大事務所の2022年度の総売上はHYBEが断トツトップ。
KCONは民間における業界横断の取り組みで、K-POPコンサートと韓国型ライフスタイルを直接体験できる。主催はCJ ENM、企画はCJ ENMが運営するMnetが担当。
米国音楽市場について
2022年の米国音楽市場は263億ドル(約3.5兆円)で世界1位。世界2位の日本は69億ドル(約0.9兆円)なので、米国は日本の約4倍。ストリーミングサービスの課金収入とライブのチケット収入が大部分を占めていて、今後も拡大見込み。
米国ではデジタル化率80%程度で、ストリーミングの成長が頭打ちとなり、“Super Fans”のような音楽消費が盛んな層へのクローズドSNS等を使ったデジタルマーケティングに移行。
米国全体での人気の楽曲ジャンルはR&B/Hip-Hop、ロック、ポップ、カントリー、ラテンなど。
世界最大級の野外フェスCoachella(コーチェラ)の2023年の来場者は50万人以上で、日本のFUJI ROCK FESTIVAL ‘23の11万4,000人の約4倍。
米国において2023年に人気だった日本楽曲上位20曲のうち11曲がアニメタイアップ。それ以外ではXG、藤井風など。
中国音楽市場について
音楽配信プラットフォームのシェアはテンセント系とネットイース計が上位。欧米のサービスはApple Musicに限って利用可能。デジタルマーケティングは日本以上に重要。
中国のアリーナやスタジアムでのライブは、文化観光局・部の審査に加えて、公安部の承認も必要。
2016年の「禁韓令」以降、韓国のアーティストは中国国内でライブができなくなった。韓国のアーティストは、ファンミーティングなどの歌わないイベントで訪中している。韓国のアーティストを扱っていたコンサートプロモーターが、大規模会場で日本のアーティストのライブを誘致している。
(最後の感想: レポートを拝読し、大変勉強になりました。一部の日本国民の中には、経済産業省が不要と言う人がいますが、決してそんなことはないと思います。でも、こんなに詳しく調べられていて、官僚の中にオタクが多くいらっしゃるのでしょうか?)
[PR]